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ここでは、楽しい大学の様子をお見せします!
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2006.3.12〜14 早稲田スキー部合宿!
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2006 3月12〜14日:長野県志賀高原にスキー部合宿に行ってきました。→もっと見る
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2006.2.23 筑紫先生お引っ越し
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2006.2.3 早稲田大学の総長より、お招き昼食会
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![]() ![]() ![]() 未だうたえない校歌を歌っているところ ![]() 友達の美耶ちゃんと 美耶ちゃんのブログはこちらhttp://spaces.msn.com/members/thanks-by-miyako/ |
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2006.1.26 朗読会(大隈小講堂)
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![]() 森先生のメディア技術論ラスト授業! |
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2005.12 早稲田大学大学院公共経営研究科 森先生の授業の忘年会
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![]() みんなまっかっか! |
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2005.11.2-3 朗読会(大隈小講堂)
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公共経営研究科 夏季カリキュラム 自治体経営と地域自立
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2005 9月13〜18日:広島県三次市にメニフェスト検証に行ってきました。→もっと見る![]() 三次で見つけた懐かしいポスト ![]() よく見たら、ポストにこんなちっちゃな蛙が!! ![]() みんなで記念撮影 ![]() 三次の公園で ![]() おお! 右から社会人の佐藤さん、アパの元谷社長、 東女体の時から後輩の愛ちゃん、そしてわたし! |
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授業風景2
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大学院での授業風景です。 ▲2005.7.23 パブリックマネジメント取材後の写真 右から4人目が筑紫哲也先生、いちばん後ろが森先生、左が私です。 ![]() ![]() ▲大学院で、朝日新聞社にいったときの写真 ![]() ![]() ![]() |
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演劇ワークショップ
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早稲田に入るときから受けようと決めていた鴻上尚史さんの演劇ワークショップに参加! ちょうど時期的に仕事量が多くて、稽古後連日遅くまで、本番に向けての裏方つくりがあり、 想像以上にたいへんでしたが、実りの多い2週間でした。 まあ、2週間で4単位もくれるんだから、終日やって当然かな。 演目は、シャイクスピアの「夏の夜の夢」。 写真、一番下、右側の鴻上先生の現代演劇チーム、そのとなりが、近藤良平先生の舞踊チーム、 そして、ほとんど来なかったらしい野村万之丞先生の古典芸術チームの3部構成で舞台は作られ、わたしは、シーシアス役を演じました。写 真、赤いのをまとっているのが私です。 本来、独りの役を3人が、セリフを分け合ってしゃべるという、とても面 白いい演出 でした。 誰かがセリフが飛ぶと、途切れてしまって結構大変だった(苦笑) シーシアスは、冒頭にちょっと出てくるだけなので、見に来た遊魚たいむの劇団員達に 「どういうキャスティングなんですか?遊魚さん、なめてるんですか?」と叱られた (笑) 「なめてなんていません〜!!ただ…ね、彼らはこの日しか舞台に立たないのだし、 脇役だって楽しいんだよ。好きな役をやれるなんて舞台で、私なんかがでしゃばってもしょうがないでしょ(笑)」 はじめて舞台に立つような学生たちを使って、あっと驚くような舞台が完成。 鴻上先生の演出の力だけで、舞台を確実に成立させていたのには脱帽。 演出ってすっごい大事〜っと思える瞬間でした。 |
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授業風景
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| 「ダンス」の授業風景。出産をテーマに表現しました。 題目は「やっと」実は、心臓音から始まり、遊魚たいむの演出、松永に頼んで 仕事後にスタジオでナレーションを入れ、母体の中から聞こえる胎児の声をBGにいれある意味、とても力を入れた作品だった。 part 1__________________ PART 1は後ろで、白の作務衣を着てお祈りしている役が私(笑) 手が筋肉痛になるほど、力を入れて、ただただ祈るだけだった。 スカートをはいている(母体)瑠衣ちゃんは、早大サークルで演じた 「WWW〜真の早稲田生になるために〜」 大隈講堂2000人公演で、ダンサーとしても出演している。 驚くほど細くて綺麗な子である。 ![]() ![]() ![]() part 2______________________ PART 2では右で白衣を着て座っているのが私。 祈祷師が、いまの出産シーンにアンマッチ(?)ということで、練り直し お医者さん役に…(笑) 陣痛の時間を計って、最後にへその緒を切っただけ〜 胎児役を演じた香菜ちゃんは、みんなに「マジでイっちゃったのかと思った!」 といわせるほどの激しい表現で、たいへん笑わせてくれた。
1年間、彼女達とダンスを作り上げ、ラストの発表は、「千と千尋の神憑り」 という、ゆばあばや釜じい、灰たちの動きを取り入れながら、千の心の葛藤を描き 最後はもののけになってしまうという、わけの分からない私の演出に 最後まで全力でついてきてくれた。 ありがとう。いい思い出になりました。 |